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妖狐の国の座椅子あふたー
273 名前: ◆hs5MwVGbLE [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:08:32.13 ID:jCAv+IA40
…………………………

くぅこ「うぅ、ぐっ……」

くぅこ「はわっ!?ここは……」

くぅこ「ふぇ?車の座台でごじゃるか?」

車屋「お?嬢ちゃんおはよーさん。……つってももう昼間だがね」

くぅこ「はっ!」

くぅこ(主殿!)

くぅこ(思い出したでごじゃる!せっしゃはシエン殿に敗れて気絶してしまっていたでごじゃるよ)

くぅこ(出来るだけ遠くへ追い払うようにせっしゃを車屋に乗せたでごじゃるな。こんなところで伸びている暇はないでごじゃる)


274 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:09:13.39 ID:jCAv+IA40
くぅこ「車屋殿、この車は何処へ向かっているでごじゃるか?」

車屋「嬢ちゃんは隣町から来ただろ?隣町へ帰るんじゃねーのかい?」

くぅこ「事情が変わったでごじゃるよ!今すぐ反対方向の屋敷へ戻って欲しいでごじゃる!」

車屋「……それはできねーよ嬢ちゃん」

くぅこ「そこを何とか!」

くぅこ(こうなれば仕方なし。無理矢理にでも降りて戻るでごじゃる!)


275 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:09:49.26 ID:jCAv+IA40
くぅこ「失礼するでごじゃるよ」

車屋「……嬢ちゃん」

くぅこ「む!?」

くぅこ(せっしゃが腕を掴まれた!?)

車屋「もう一度いうぜ?それはできねーんだ」

くぅこ「……只者ではないでごじゃるな」

車屋「まだ気づかないのか?くぅこ……あの男に甘やかされてまた少し弱くなったか」

くぅこ「なっ……!?」

くぅこ(これは……変化の煙っ!?)


276 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:10:26.03 ID:jCAv+IA40
ヤオ「いやはや、妹弟子に見破られるような変化をしているようではそれこそ某が脆弱か」

くぅこ「ヤオ殿もしらこ様の手先でごじゃるか?」

ヤオ「何度もあの男の関係で振り回されるのは少々しゃくに障るがこれも仕事でな」

くぅこ「ならヤオ殿を振り払ってでも戻るまででごじゃる」

ヤオ「一度某に殺されかけた貴様がか?……笑わせる」


277 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:10:55.91 ID:jCAv+IA40
ヤオ「いいだろう。一度だけこの手を解いてやる。構えろ、くぅこ」

くぅこ「っ!」

ヤオ「今のところ殺せとの依頼は受けていない。あくまであの男が折れるまで貴様を人質にとることを続行するだけだ」

ヤオ「すなわち某は貴様を殺しはしない。だが、貴様は某を殺めるつもりで来い……そうでなければ」

くぅこ「参るでごじゃるよ」

ヤオ「ここは通れんぞ」


278 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:11:27.05 ID:jCAv+IA40
……………………………………

せっしゃとヤオ殿は同じ師のもとで育った兄妹弟子だった。

実の親の顔は覚えていない。
生きているのかすら分からない。
このくぅこの名すら、誰が名付け親なのやら……

物心ついたときには忍者である師匠様に拾われていて、その師匠様について行くことが生きる術だったせっしゃが忍道を志すことは必然だった。


279 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:11:57.50 ID:jCAv+IA40
師匠「ほっほ…まだまだ粗いがついにくぅこも変化の術を使えるようになったのう」

くぅこ「ししょーさまぁ。せっしゃすごい?すごいでごじゃるか?」

師匠「ほっほ。すごいすごい。くぅこは筋がいい…これは天才かもしれんのう」

くぅこ「えへへ〜」

ヤオ「っ……」

くぅこ「あにじゃ〜!」

ヤオ「ふん……」

くぅこ「…あにじゃ?」

師匠「ほっほ。ヤオのやつめ。ワシがくぅこばかり褒めるからさては嫉妬じゃな」

くぅこ「ふ〜ん」

ヤオ殿……あにじゃはそれをあまり良しとしなかったようだったが……。


280 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:12:38.05 ID:jCAv+IA40
…………………………

師匠「さてさて。そろそろ焼けたころじゃな」

くぅこ「美味そうでごじゃるよ〜!」

くぅこ「はむっ!むしゃむしゃ…もぐもぐ」

師匠「ほっほ。よい食いっぷりじゃが、喉を詰まらせることのないようにの」

くぅこ「ごっほ!ごほっ!」

師匠「……おそかったようじゃの」

ヤオ「くぅこ」

くぅこ「んっ…。ごくっごくっ……ぷはっ」

くぅこ「かたじけにゃいでごじゃる」

師匠「くぅこや、食事は命を繋ぐものじゃ。そのような行為で命を落とすほど馬鹿馬鹿しいこともないぞ?落ち着いていただくのじゃ」

くぅこ「ししょーさまの焼いたものは全部美味でごじゃるゆえ……てへ……」


281 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:13:21.02 ID:jCAv+IA40
ヤオ「はぁ」

くぅこ「もぐもぐ……もうなくなってしまったでごじゃるよ」

師匠「ほっほ。まぁその早食いもまた、何処ぞやで役に立つかもしれの」

くぅこ「あにじゃはまだ一口しか食べてないでごじゃるか?」

ヤオ「……それがどうした」

くぅこ「と、特にどうこうというわけではないでごじゃるが」


282 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:13:47.27 ID:jCAv+IA40
ヤオ「そうか。はむっ」

くぅこ「……じー」

ヤオ「……欲しいのか」

くぅこ「じゅる」

ヤオ「……やる」

くぅこ「まことでごじゃるか!?」

師匠「これくぅこ」

ヤオ「……いい。少食も修行の一環だ」

くぅこ「はむっ!はむっ!」

くぅこ「えへへ〜。かたじけないでごじゃるよ〜」

ヤオ「……ふっ」

それは、せっしゃが主に精神面で忍道とは程遠い存在だったからであった。


283 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:14:44.80 ID:jCAv+IA40
…………………………

だがあにじゃはそんなせっしゃを完全否定することなく受け入れてくれようとしていた。

ヤオ「くぅこ、貴様は忍者を目指すことを諦めたほうがいい」

くぅこ「え」

忍の道から離そうとする形で……

今思うとそれはあにじゃからせっしゃへの大きな優しさだった。

くぅこ「……っ!!」

しかし当時のせっしゃにはそんなあにじゃの気持ちが理解しきれなかった。
それどころか物心ついたときから定められた道だと信じて歩んできた志を否定されたことへの怒りの念すら湧いてきた。


284 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:15:21.85 ID:jCAv+IA40
このとき、せっしゃに本当になんの才も無ければそれも良しとできたかもしれないが

皮肉にもせっしゃは師匠様の言う通り戦闘面の才能だけはあったようで、それが更にあにじゃの言っている言葉を理解できない障害物となった。

せっしゃは力を認めてもらおうと新しい術を習得する度にあにじゃへ組手を挑んだ。

ヤオ「ふん!」

くぅこ「ひあぁ!」

……勝てたことは、一度もなかった。


285 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:15:55.47 ID:jCAv+IA40
結局、一矢も報いることのない内にあにじゃは師匠様のもとを離れて行ってしまった。

悔しかった。

そこからはできるだけ我を切り捨て、あにじゃの目指していたであろう理想の忍者像だけを追って修行を続け、ときは流れてせっしゃは姫様に仕える身となった。


286 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:16:39.19 ID:jCAv+IA40
…………………………

その結果何時しかせっしゃは

盗賊「ひっ!わ、悪かった!別に姫様にどうこうしようってつもりはなかったんだ!ただ金目の物が欲しくてっ!だから、い、命だけは……!」

くぅこ「……さらばでごじゃる」

盗賊「ギャッ!」

盗賊「ぐ、ぇっ……」

闇夜にて屋敷に仇なす者の首を掻く、それが存在の全てとも言える冷酷な狐となった。

…………………………

くぅこ「しょ…しょの…やはり汚れ仕事をしている身に魅力はないということでごじゃろうか…」

男「そんなことないって。くぅこは可愛いよ」



あの日までは……。







287 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:17:18.29 ID:jCAv+IA40
………………………………

その後、せっしゃがあにじゃの言っていた言葉の真意を完全に理解できたのはあにじゃに命を奪われかけたときだった。

ヤオ「…だから忍者を志すことをやめ、抜け忍となることを勧めたというのに」

ヤオ「だが某が見てきた貴様の中で、今貴様は最も少女らしい顔をしている」

ヤオ「普通の街娘としてこの世に生を受けたなら…もう少し幸せに死ねたかもしれんな」

ヤオ「許せ…我が親愛なる妹弟子よっ!」


(ああ)


あにじゃは、心の底からせっしゃを愛してくれていたのだ。


288 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:17:44.31 ID:jCAv+IA40
だから、いつか来るかもしれなかったこの敵対する瞬間を、兄妹弟子同士で殺しあう瞬間を、必死に避けようとしてくれていたのだ。

己の信じる私情に揺さぶられない忍者になりきるために。


『えへへ〜。かたじけないでごじゃるよ〜』


妹弟子の笑顔を、失わないために。




289 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:18:25.02 ID:jCAv+IA40
……………………………………

くぅこ「はぁ…!はぁ…!」

ヤオ「その程度か」

くぅこ(まだ、一矢報いるには程遠いでごじゃるか……?)

短刀、手裏剣、クナイ、針、あらゆる刃物と武装を彼を傷つけるために振るうもそれらは全て受け流すだけのために振るわれた彼のクナイによって弾かれた。

妖術には妖術でかわされ、武器を使用しない純粋な体術に至っては組み伏せられるのが目に見えているので挑もうとすら思えない。


290 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:19:04.44 ID:jCAv+IA40
ヤオ「やはり、あの男に甘やかされてさらに弱体化したと見える」

くぅこ「主殿は関係ないでごじゃる!」

そう、例えせっしゃがあの血を血で洗う冷酷な狐のまま戦い続けていたとしても彼に一矢報いることができたか。

答えは恐らく否だ。

なぜなら彼と同じ道を歩んだところでせっしゃの目の前に広がるのは彼がさらに伸ばした道だからだ。

何処かで違う道、彼とは違うやり口、彼が知らない戦術を身につけないことにはこの圧倒的な実力差は縮まることをしらないだろう。


291 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:19:30.57 ID:jCAv+IA40
ならやはり今己が彼に見せるべきは……

くぅこ(主殿と共に寄り添うことで手に入れた力)

それしかない。

それでしか勝利は掴めないし、主殿を助けることは叶わない。


292 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:20:07.98 ID:jCAv+IA40
くぅこ(主殿……)

ヤオ「は……?」

せっしゃは両手に持ったクナイと短刀を地面に捨て、続いて胸内にしまっていた手裏剣、地下足袋に隠していた針すら放り出した。

くぅこ(この術を主殿以外に使用することを許して欲しいでごじゃるよ)

そしてゆらゆらと無防備に

ヤオ「どうした……戦意を消失し自暴自棄となったか」

ヤオ殿に近づいて行く。


293 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:21:06.77 ID:jCAv+IA40
ヤオ(妙だ。そのまま近づいてどうするつもりだ?まだ試していない純粋な肉弾戦を挑む気か?しかしそれでは武器を捨てる理由にはならない。口の中に針でも仕込んでいるのか)

ヤオ(浅はかなり。……千里眼の術)

殺意も戦意も、完全に捨てきるのは容易だった。

彼は自分を家族のように想い、親しくしてくれた相手だったから。

ヤオ(馬鹿な……手裏剣もクナイも針も見えない。それどころか殺意すら感じられない。だからといって逃げようという気も感じられない)

ヤオ(くぅこ貴様……)

ヤオ「一体何を企んでいる?」


294 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:22:08.35 ID:jCAv+IA40
くぅこ「……じゃ」

ついにヤオ殿の目と鼻の先まで近づき、彼の胸元に顔を埋めるようにして抱きついた。

抱きつかれて一瞬身構えたヤオ殿だったが、自らを抱く腕の力の弱さからすぐに構えを解いた。

ヤオ「どうした……」

くぅこ「あにじゃ……」

ヤオ「なっ!?」

ヤオ(どうして今になってその呼び名を……!!)

ヤオ「やめろっ!!」

(その呼び名はっ!!)

くぅこ「あにじゃ……?」

(某を忍道から遠ざけるっ!!)


295 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:22:47.08 ID:jCAv+IA40
ヤオ「……今すぐ離れろ。さもなければ刺し殺す」

くぅこ「別に突き放すことくらい造作もないことのはずでごじゃるよ」

ヤオ「……離れろと言っている」

少し上を向いて

尻尾を左右に振る。

くぅこ「何故でごじゃるか?」

耳は立てずに力を抜いて

前に体重をかけるようにもたれかかる。

ヤオ(なんだその顔は……)

ヤオ(一体何処で覚えた……そんな……)

くぅこ「許してほしいでごじゃるよ」

ヤオ(オスに媚びた顔を……!!)


296 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:23:31.99 ID:jCAv+IA40
くぅこ「ここを、通して欲しいでごじゃる」

ヤオ「そんな直球な願いを某が情けで聞くとでも?」

くぅこ「思っているでごじゃる」

くぅこ「あにじゃ……だから……」

くぅこ「せっしゃに優しかった……あにじゃだから……」

ヤオ「っ〜〜!!」

ヤオ「……馬鹿な奴め」


297 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:24:08.97 ID:jCAv+IA40
くぅこ「恩にきるでごじゃるよっ」

ヤオ「それ以上ひっつくな!!」

ヤオ「……興が冷めた。次はない」

くぅこ「二度あることは三度あると主殿が言っていたでごじゃるよ」

せっしゃはヤオ殿から離れると彼の真横を歩いて通り過ぎた。

主殿の囚われた屋敷の方向へ。


298 名前:SS速報Rがお送りします [saga] 投稿日:2017/06/22(木) 06:24:44.69 ID:jCAv+IA40
ヤオ「待て」

ヤオ「……乗っていけ。連れて行ってやろう」

くぅこ「くくっ。あにじゃもその優しさは変わらぬでごじゃるな」

ヤオ「黙れ。手遅れになりたいか」

くぅこ「ときにあにじゃ、奥さんがいるというのは本当でごじゃるか?変化を見破れなかったのはそれが信じられなかったのもあるでごじゃるよ」

ヤオ「……あんなもの作り話に決まっている」

くぅこ「何故わざわざそんな話を……」

ヤオ「あの男の声が耳障りだったからだ」

くぅこ「え」

ヤオ「……ごほん。行くぞ」




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